COLUMN コラム

塾現場における紙とデジタルの使い分けについて

2026年09月01日

 本コラムは、塾関係者の皆様へ英語教育や学習設計のヒントをお届けする連載企画の一環として、『塾と教育』2026年8月号に掲載された記事を転載したものです。

 今回のテーマは、スウェーデンで進む「紙回帰」の動きから学ぶ、これからの教材設計です。

 「急速に進んだデジタル化は、果たして間違いだったのか?」スウェーデンの事例が示しているのは、デジタルを排除することではなく、過剰な期待を見直し、本来の役割へ「軌道修正」することの重要性です。

 思考を深め記憶を定着させる「紙」と、音声や反復・個別最適化を得意とする「デジタル」。「手段のデジタル化」そのものに捉われることなく、それぞれの強みをどう位置づけ、教育の目的に合わせてどう組み合わせていくべきか。現場での教材設計に役立つ視点を整理しています。



デジタルと紙、問い直しの時代へ

 近年、北欧の教育現場における「紙回帰」の動きが話題になっています。スウェーデンでは紙の教科書を重視する方針が打ち出され、フィンランドでも一部の自治体でデジタル教科書から紙への切り替えが起きています。ただしこれを「デジタル教育の失敗」と単純に受け取ることには慎重でありたいところです。スウェーデンの実態を見ると、質の保証されていないデジタル教材が広まったことへの反省から、政府が質の高い紙の教科書整備に補助金を投じた、という文脈があります。デジタルそのものを否定したわけではなく、教材の質と使い方を問い直した結果の選択でした。

 

日本への示唆

 スウェーデンは日本のGIGAスクール構想より約10年早く、紙の教科書を廃止するなどデジタル教育に大きく舵を切っていました。その出発点が異なる以上、見直しの文脈をそのまま日本に重ねることはできません。それでもこの動きが示唆することがあるとすれば、「紙かデジタルか」という二項対立ではなく、「何のために何を使うか」という問いを持ち続けることの重要性ではないでしょうか。日本の塾現場でも、デジタルツールの導入から数年が経ち、改めてその使い方を見直す時期に差し掛かっているように感じます。

 

日本の塾現場のリアル

 国内に目を向けると、デジタルツールの導入に対する温度感は塾によってさまざまです。積極的に取り入れてきた塾がある一方で、使いこなせなかった、コストが見合わなかった、そもそもこれまで使わずにやってこられたという声も少なくありません。GIGAスクール構想以降、学校現場でのデジタル化が加速したことで、塾側も対応を迫られた面はあります。ただ、「学校がやっているから」「他塾が導入しているから」という理由だけで動いても、現場に定着しないケースが多いのも事実です。一方で、明確な理由もなくデジタルを避け続けることも、適切な教材設計とは言えません。なんとなく使う、なんとなく使わない、どちらの状態も、生徒の学びにとって最善の判断とは言いにくいものです。

 

大切なのは目的から考えること

 では何から始めればいいか。大まかな原則として、思考を伴う学習には紙が向いており、反復練習や自動採点にはデジタルが力を発揮しやすいです。ただしこれは出発点に過ぎません。同じ教材を扱う場合でも、目的によって適切な手段は変わってきます。
 例えば、英語の長文読解ひとつとっても、文構造を丁寧に読み解き、思考のプロセスを残す「精読」であれば、書き込みながら頭を整理できる紙の方が向いています。一方、速読力をつけるために音読を繰り返させたいのであれば、発音採点や反復練習が手軽にできるデジタルの方が適しています。
 さらに、現在のデジタル教材には「学習履歴(ログ)の可視化」という大きな強みがあります。家庭学習でアプリを使わせ、制度がどこでつまずき、何分学習したのかのデータを事前に把握する。そして、対面授業ではそのデータをもとに、紙や黒板を使って対話的な深い指導を行う。
 このように「何をさせたいか」という目的が先にあり、紙かデジタルかはその後に決まります。この順序を意識するだけで、教材選択の判断はずいぶん明確になってくるように思います。

 

設計が生徒・保護者に伝わっているか

 目的を持って設計することと同じくらい重要なのが、その設計が現場に浸透しているかどうかです。なぜこの教材を使うのか、なぜ紙で取り組むのか。その意図が講師間で共有され、生徒に伝わり、保護者にも理解されているか。これはブランディングの問題でもあります。「うちの塾はこういう考え方で指導している」という軸が見えることが、塾への信頼につながります。説明できない選択は、保護者からすれば「なんとなくやっている」と映りかねません。教材の選択に至った理由を、自分の言葉で語れるかどうかが問われています。

 

成果をどう定義し、どう測るか

 デジタルツールを導入したことで何が変わったかを問えるかどうかも、設計の一部です。成果の定義は塾によって異なります。テストの点数が上がったかどうかだけでなく、生徒のモチベーションに変化があったか、講師の業務負担が改善されたか、他の教材では実現できなかったことができているか。ここで重要なのは、その成果を「現場で測定可能な指標(KPI)」に落とし込むことです。

・モチベーションの変化:「アプリの連続ログイン日数」や「自習室の利用回数」など
・業務負担の改善:「〇付け業務が削減されたことで、生徒との個別面談に充てられる時間が週に何時間増えたか」など

 こうした問いを持たないまま運用を続けると、効果の見えないまま惰性でツールを使い続けることになります。逆に言えば、成果の定義を塾自身が持てていれば、紙かデジタルかという選択も自ずと明確になってきます。何を成果と見なすかを決めることは、教育方針を言語化することとほぼ同義です。

 

目的から手段を選び、調整を繰り返す

 目的から手段を選ぶという基本を踏まえれば、一度決めた運用を固定する必要はありません。重要なのは、導入後に「何が変わったか、何が変わらなかったか」を問い直し、状況に応じて柔軟に調整を繰り返すことです。「何のために、どちらが効果的か」を常に問い続ける姿勢こそが、これからの塾における教材設計の本質だと言えます。


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